2014-11-09

人生の8割は show

最近、仕事に行くのが苦痛で、ぐずぐずベッドから出ないとか、そんなことばっかりやってる。どうせ出社しないといけないのに、だ。

RunKeeper のブログに「What I wish I knew about motivation when I started running」という記事があった。

As Woody Allen famously said, “80 percent of success is showing up.” And this rings true for running, too.

ジョギングの大事なことは、とにかくまずジョギングすること。距離よりも何よりも。というのは、よく言われる。

ウッディ・アレンの、この引用をよく見かけるけど、本当のところはどうなのだと調べてみた。本人が言及しているインタビュー記事「Woody Allen Interview」が見つかった。

I made the statement years ago which is often quoted that 80 percent of life is showing up. People used to always say to me that they wanted to write a play, they wanted to write a movie, they wanted to write a novel, and the couple of people that did it were 80 percent of the way to having something happen. All the other people struck out without ever getting that pack. 
(人生の80%は show up することにある、って引用されてるんだけど、何年も前にそう言った。演劇を書きたい、映画の脚本を書きたい、小説を書きたいって言う人がたくさんいた。その中の数人だけが書きあげ、何かが起こすまでの80%を進んだことになる。他の人達は、一塁に出る前に三振してる。

これって、プログラミングでも同じだ。「プログラミングできるようになりたいんです」「ほうほう、おじさんに見せてみなさい」「 いえまだ書いてません」

show up は姿をあらわすとか、居るべき場所に出向く、みたいな意味なのだろうけれど、何か書いたり作ったりする場合は、ジョギングより show up のステップが大きい。expose (見えるように外に出す/アウトプットする)に近い。

村上春樹が、1日のうち何時から何時までは小説を書く時間を決めて、その時間は執筆しかしない、筆が進まなくても他のことをしない、みたいなこと書いてたような気がする。違う作家かもしれない。

そんなわけで、まず小さなステップでもいいからやろう、みたいなことを書こうとしたわけだ。だが「とりあえず10分やるのがいい 」ってエントリを過去に書いていて、いつの間にかやらなくなっててびびる。

2014-11-01

締め切りを延ばしたとき起こること

「締め切りを延ばすと、こういうことが起こってるのだ」という記事を見つけた。
最初に言っておくが、私は締め切りを延ばしたがる。締め切りを延ばすためなら、どんな努力も厭わないくらい延ばしたがる。世界トップクラスの先延ばし屋たる私に、何が起こっているのかが分かるのなら、と読んだわけだ。治せるものなら、治してみよ。

  1. 心理的に、ゴールまでの距離とモチベーションは反比例する。したがって締め切りを延ばすと、やる気がなくなるのである。だめじゃん。
  2. プレッシャーがあるほうが成果が出る、というのは欺瞞だ。私はプレッシャーがだるいので、そうは思ってない。この記事ではプレッシャーがあると成果が出るんじゃなくて、プレッシャーがないとやらないってだけだろと、ぶった切っている。
  3. 直感による見積というのはアテにならない。楽観的なシナリオに頼ったり、途中の細かい作業を見落としたり。しょっちゅうだ。

モチベーションとプレッシャーをコントールし、見積もりの精度を上げることで、物事を成し遂げられる(確率が高くなる)ということだ。

この記事には、解決策まで書かれている。まず、中間目標を設定することで、適切なモチベーションとプレッシャーを確保する。ただし、中間目標の締め切りにはちゃんと意味付けが必要だ。延ばしても大丈夫な締め切りなんてものは、この文脈での締め切りの意味をなさない。

それから、過去の似たような仕事にどれだけ時間がかかったか、うまくいかないシナリオ、中間ステップを考慮して計画することで、見積の精度を上げる。

文章だけ読んでるとあたりまえのことだけれど、知っていることと実行することは全く別である、ということを思い知らされる。というわけで、まずは冷蔵庫の前まで移動し、次にビールを飲むことにする。過去の経験から、その後のことは予測不可能なので、あえて計画しない。

2014-10-06

一分間マネージャー 〜 ピストルよりもサル

「一分間マネージャーの時間管理」という本を読んだ。やるべきことを、やるべき人がするための考え方が書かれている。次にやるべきことを「サル」と比喩し、サルの世話(次の対応の実行)と、監視(進捗の確認)が必要だと考える。もしも、部下の仕事を引き受けてしまったら、部下の仕事を自分がやり、その監視を部下がする(「あの件、どうなりました?」)ことになる。



私は誰かの上司ではないし、部下もいない。ただ現在進行中のプロジェクトにおいて「自分でプロダクトを作ってはならない」という制約がある。ソフトウェア開発の文脈では分かりにくいかも知れないけれど、ディレクションという役割だ。全体の物量が多いのと、ビジネスレイヤへの説明や打ち合わせが多いので、そもそも自分で全部作れない。

そこで問題がある。指示を出すことが苦手だ。文句を言われても言い返せないし、なんかもう、じゃあもう自分でやるよ、という気分になる。

「〇〇が苦手」というのには2種類ある。ひとつは、才能であれ技能であれ、現時点で何かをする能力が足りていない場合。たとえば、英語の聞き取りが苦手などがそうだ。もうひとつは、心理的にそれをするのがイヤな場合。前者か後者かを見分けるのは、比較的簡単だ。「こめかみにピストルを突きつけられたら、〇〇するか?」と問えばよい。

ここで言うところの私の「人に指示を出すことが苦手」は後者だ。もちろん下手だから伝わらないとか、適切に伝える用意ができていないとか、あるけれど、問題にしているのはそんなレベルではない。「えー」とか「この間と言ってることが違う」とか言われるのがイヤなのだ。忙しそうなのにタスクを追加して困った顔をされるのが嫌なのだ。

これまで、他人に何かをするように伝える、という訓練をしてこなかった。ただ、私より上の立場の人には、それができるように見えることが多い、ということも自覚している。年齢も影響しているかも知れない。

小学校で学級委員になると、欠席/保健室常連になる。中学校の部活で部長になってしまったらサボり始める。アルバイト先で後輩ができると辞める。管理職っぽいポジションへの昇格を察知して、転職する。など。

上司の見る目がないのだろうけど、まあ、それは置いておこう。未来の雇用主が読んだら、雇ってくれないかも知れないけど、まあ、それも一旦おいとこう。いまクビ切られても困るし、別に次のアテもない。自分よりできる人だけを採用した結果、開発者の代わりができない。

そこで、サルの比喩だ。開発者のサルの面倒をみて、開発者に監視をさせてしまう、という状況は、どう考えてもおかしい。組織が想定している責任と権限を、私が持っていないということに、やっと気づいた。なぜ気づかなかったのか。昔の上司、部活の顧問の先生、アルバイト先の社員、担任教師、これまで気づかなくてさーせん。

明日になったら「やっぱり人間と話すのは嫌です」と泣き言を垂れ流すかもしれない。けど、ピストルよりもサルのほうが、精神衛生上よいし、まともな成果が出る気がする。