ふと Kindle ストアで森博嗣を検索したら、未読の作品が5冊くらい新たに出版されていた。古い順に、ということでχの悲劇を購入して読み始めたら、明け方まで読んでしまった。
あまりフットワークが軽い方ではないと認識してたのだけれど、このフットワークは思ったより軽かった。
一方で、自分が何か生産すること、仮に現金を生まないとしても、たとえばちょっとしたコードを書くとか、そういうことのフットワークが落ちていると認識している。
最後に、知らないプログラミング言語のチュートリアルを読んだのはいつだろう。ライブラリは? 知らないサービスのAPIを呼び出したのは? 「簡単に試せるから、簡単に捨てることができる。それが Python のいいところだ」という文章を訳したことがある。
プログラミング言語、ライブラリ、サービスなどの習得を無駄にしまい、と思いすぎているのかも知れない。
というわけで、今日は「マインド・クァンチャ」を買った。χの悲劇の感想はまたこんど。
2016-06-27
2014-12-31
2014年のふりかえり
今年は、年末年始に仕事がないので、あれやこれやと考え事をしている。飲んでる合間に。
昨年の大晦日に、
来年の抱負として具体的な活動に帰着させられるものはない。大きな指針として、より多くのことをやめ、より多くのものを捨てようとしている。
と書いてある。こういうぼんやりした指針を立てると、ぼんやりした結果になる。体重を減らしたり、基本的にコードを書かない職務についた、社外の人と話す機会が増えた、外側から見るとチラリと変化があった程度か。
昨年も思ってたんだけど、明確に新しい技能を身につけていなくて、焦っている。コードを書く仕事から、書かない仕事になったので、変化はあるんだけれど、自覚的に技能を獲得していない。知覚できていないのか、できてないだけなのか。
ぐずぐずもぞもぞしていたなぁという1年だった。いや、もちろん自分なりに、もぞもぞしながら前進はしたんだけれど、 「YAMAGUCHI::weblogの2014年を振り返る」みたいなのを読むと、あーなるほどなぁ、こういうところで差が出るんだろうなぁ、やっぱりあんたすげーよ、と感じる。
あんまり自省ばっかりしてると、湿っぽくなるので、いいことも書いておこう。コードを書かない縛りってことは、いざとなったら自力で(番組本番数時間前に、ある PaaS が変更コードのデプロイを受け付けなくなったので、別の PaaS/IaaS にやっつけで移植するみたいな)解決ができない、ということだ。自分が SPOF にならないプロダクトや開発プロセスになるようにした。これまではほんと属人的であったなぁと気づいた。
テレビ連動サービス開発の勉強会が、なにやら人気で嬉しい。飲み会の幹事もできない自分が企画して、いまのところ反響がよいのは嬉しい。あと2週間、残りのタスクをこなしていこう。
と、気分がいい流れもあるので、来年は流れに乗りつつ、舵を切って行こうかなぁなどと考えている。
さて、なんとなくまとまってきたので、飲み納めをしようと近所の居酒屋に電話したら「こちらで予約いれておきましたので、来店時刻だけ教えてください」と言われた。何を言っているのか分からねぇと思うが、とりあえず飲みに行こうと思う。
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