金曜の夜は、森博嗣の文庫本を1冊買って、それを読みながら土曜の午前を迎える、という生活が続いています。この週末は「朽ちる散る落ちる」を読了後、ああ読みたいと思い「赤緑黒白」の2冊を買い、おそろしく夜更しして読み(昼に寝るから)、あげくの果てに日曜日の10kmランニングレースを寝飛ばしました。
森博嗣 V シリーズの感想をば。以下、物語の核心に触れた記述があります。
熱を上げて、一生懸命に没頭していられるのは、本当に三日くらい。その三日のうちに行動を起こさないことは不可能だった。とにかく、いても立ってもいられなくなる。(赤緑黒白 p.11)
嗚呼、気持ち分かりますよ、保呂草さん。瞬間的にしか没頭できないのは、私の数ある欠点のひとつだと思います。この性向の悪いところは、長期的な学習や訓練を必要とする技能を獲得できないことです。
Vシリーズでは、ある話が別の話の伏線になっていたり、シリーズ全体を俯瞰したときに何かが分かったりします。飽き性な私は、無頓着に読んでいたのですが、やっぱり気になることや解せないことが出てきました。たとえば「六人の超音波科学者」で超音波を非破壊検査に使えそうだとか、数値計算の誤差に懐疑的な実験屋がいたりとかで、えーそんなもん今さら、と思うわけです。「朽ちる散る落ちる」の有人人工衛星の着陸がやたらとしょぼかったり。あるいは「赤緑黒白」で最後にちょろっと出てくる人物の年齢がおかしくないか、そのトリックはインターネットでいいじゃんとか。
そこでインターネットですよ。「フジモリの脳内ラビリンス」というサイトの、書評のページに各作品とシリーズの解説があって、これを読むと、シリーズを通した謎が解けたり、新たな伏線が出てきたりします。一番衝撃だったのが、Vシリーズは S&M シリーズの 20-30年前の世界だということ。各種技術が実用化されていないことが解せます。
ちょっと注意すれば分かるのです。たとえば誰も携帯電話を使わない。「電話してきます」「家にいなかったから電話に出られなかった」みたいなシーンがある。さらに「捩れ屋敷の利鈍」では携帯電話が出てくる。時間軸というか時刻がシーケンシャルではないはずです。
Gシリーズをちょっと読みはじめていたのですが、ちょっと中止。V シリーズを再読してみようと思います。S&M シリーズは人に貸しているので、後まわし。「四季」シリーズを読むとさらに継りそうな気がします。飽き性な私が、ちゃんと再読できるのやら。