ほとんど炎上レベルな「紙の本が100%亡くなると断言できる、たった一つの理由 」ですが、ちょっと釣られてみる(ウラタロス)。
予測はできないけど、希望があります。私が生きている間に、できるだけ早く、本は電子化されて欲しい。読まなくてもいいような情報伝達手段があれば、もっといいけど、それはさておく。ともかく、紙媒体は電子媒体に取って代わられて欲しい。以下は「私の」wish list です。
紙に対する不満
最初に紙媒体に対する不満を。
検索できない: もうね、検索させろと。なんなら migemo で検索させろと。あやういキーワードだったら「もしかして○○?」とか聞いてくれ。くらいの勢いで検索したいです。
体積と質量が大きすぎる: 欲しいのはコンテンツで、コンテンツはデータなのに、どんだけ体積と質量がでかいのか、と。3週間に2, 3冊程度しか買いませんが、それでも年に1回は BOOKOFF にまとめて売り飛ばします。それとは別に捨てたり、職場の蔵書にしたり。
UNDO を含む編集が困難: いきなり本ではなくて、紙媒体全体の話になりますが、編集しにくすぎ。いつもメモ帳や、裏紙を持っていて、いつでも書ける/描けるようにしています。他に代替手段がないから。でも、編集のしにくさという点で、紙はもう限界ではないでしょうか。
紙に求めていないこと
ページめくりなんて要らないし、紙の味わいも要らない。目が見えるからこんなこと言ってられるのかも知れませんが。ページなるコンセプトは紙の物理的制限から発生しているだけです。スクロール、ブックマーク、検索くらいがあればページなんていらない。
紙じゃなくて電子メディアでもできること
一覧性: ぱっと全体を把握できるというのは、原理的に電子メディアでも可能です。iPhone の Safari みたいにズームすればいい。あるいはコンテンツを魚眼表示でもいいかも。ズーミングインタフェースがあれば、一覧と詳細の閲覧は両立できると思います。
書込、付箋: その機能を実装すればいいだけ。Adobe Acrobat でできることは、できるっしょ。
携帯性: 電源を気にしている人が多いようです。実際、重要だと思います。携帯電話を見ていると、そのうち解決される気がします。
確か、増井俊之さんがどっかで言ってたような気がしますが、昔ホームモータなるコンセプトがあったそうです。一家に一台モータがあれば、みたいな話ですが、そんなのは流行らなかった。でも、あらゆるところにモータの類があります。アナログの腕時計、PCなどのファン、携帯電話のバイブレーション、電子レンジ、洗濯機、ハードディスクドライブ、電気カミソリ。私は持っていませんが、ヘアードライヤ、DVD レコーダとか。
期待していること
小型化: 小さいこと、薄いことはよいことなのでね。
ユビキタス + クラウド: もうね、コンテンツ本体ではなくて、アクセス権を売ってください。あるいはコピーをどこかに置いておかせてください。そのかわり色んなデバイスからアクセスさせてください。PC でも、電子ペーパーでも、携帯電話でも。自分のグローバルストレージに、書込、しおり、タグづけとか保存しておくから、ときどき同期してくれればよいです。
書くほうも電子化: 紙とペンから早く卒業したい。電子かできれば、いろいろ再利用できるし検索もできます。編集もできます。バックアップをとってバージョン管理もできます。
解像度: 解像度はそれなりに向上してほしいです。でも、いまどきの携帯電話くらいでいいかなぁ。
でいい。UNDO もできるし、隠すこともできる。
アラン・デービスの「ソフトウェア開発 201 の鉄則」のなかで、
ハードウェアの進化には楽観的であれ (p.182)
ソフトウェアの進化には悲観的であれ (p.183)
と書かれています。この本は 1996 年に初刷が出ていますが、今でもそれなりに当てはまっている気がします。紙媒体の電子化も、同じようなことになりそうです。